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どんなときも ふと見上げれば 青いそら。
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遅くなったけれど、卒業にあたっての日記を投下。
mixiにUPしたのとほとんど同じですごめんなさい!

いや、あのね、
あたし自分で思っていた以上に
一女が好きだったらしくて。
結構寂しがってることに
誰よりも驚いてる自分がいたりするのよん。


長いから覚悟してねっww



++++++++++






大地震が起こってから半月以上が経った。
被災された方々にお見舞い申しあげると同時に
犠牲になられた全ての方のご冥福をお祈りします。






黙祷を捧げて始まった
3月17日、3年8組の最後の朝のHR。

心からみんなに「おめでとう」と言いたいから
まず黙祷をみんなでしたい。
そういう考えはすごく担任らしくて、
でもとても素敵だなと思った。



***




すごく充実した、濃密な3年間だった。
たくさんの経験をすることができて、
これからの自分にとってかけがえのない毎日が
一女の3年間にはいっぱい詰まってる。




まずは、卒業式当日のことから。

卒業式は、在校生なしで短縮された簡素なもの。
式歌もなければ、一女伝統の第九もなし。
別に第九とか歌いたいわけじゃなかったはずなのに
いざ中止となると、切なさがわいてきた。
すげえ。いつの間にかすっかり一女に染まってる。

だけど式が出来るだけでもありがたい。
そういう想いは、卒業生全員に共通していたと思う。



式で何よりもぐっときたのは、はっきり言おう。

呼名である。

いやあもう…ねえ…。

あと、学年全体でのパフォーマンスというか
「ありがとうございました!」って言った瞬間に
なんかもう無性に泣けてきて、
1組のパフォーマンスが終わって退場していくときには
普通に泣いてしまたwwwwww
もう焦ったね!パフォーマンス、セリフあるのに!って。
このままじゃ泣いて叫べないwww

まあ結果的には、大丈夫だったのだけど。
一生懸命涙を堪えて、与えられたセリフを言い切って、
最後の「えいえいうっちー!」までやりきって、
拍手で退場するときに、涙がぼろぼろこぼれた。




そのあとのLHR。
まずはじめに、副担任のY先生がきて
お話をしてくれた。

うーん…感動したなあ。
もっともっと先生の授業を受けたかった、と強く思った。
あんなに強い信念を自分の中に持って、
生徒と接してくれる先生とは
もう出会えないかもしれない。
同じ女性として本当に尊敬するし、憧れる人です。
カードに書いてあった言葉も、
放課後に少しだけ話したときにいただいた言葉も、
絶対に忘れない。ずっと忘れない。



そんでもって証書やら証明書やらいろいろいただき、
うっちーの話はすごいなあと思って聞いていたよ。
初めて出会った、「教師」として最高の人。
恩師と呼べる大好きな先生は数人いるけれど、
うっちーは、「教師」として「担任」として
距離感からする話から、何から何まで
プロとしてすごく良い先生であった。

転勤、という話を聞いたとき、本当に驚いて、
自然に涙がこぼれた。
信じられなかった。
今でもなんだか信じられないし、信じたくない。
でもあの先生に教わったことは忘れないし
ずっとずっと、自分の支えになると思ってる。




思えば、素敵な出会いに囲まれた3年間だった。












1-6はわたしの一女生としての原点。

入学式直前、出席番号前後の二人と爆笑した
あの瞬間から、
あたしの一女ライフは始まったのよね。


リラックマかぶったり
机を修正テープで落書きされたり
教室掃除の雑巾がけから逃げ続けたり
せりざわと2人で問題児扱いされたり
やっていたことはみんなアホみたいなことだけど
毎日が本当に楽しくて仕方が無かった。

オタクと呼ばれるようになったのも6組のせい。
今更なにも言う気はないけどねwww
個性的な人ばかりが集まっていて
自分の知らない世界を知っている人ばかりで
独特のゆるさと混沌さが大好きでした。
あんなに自分を出せる場所が出来るなんて、
当時は思ってもいなかったんだよ。

1年でしか同じクラスになれなかった友達は
たくさんいたけれど、
3年になっても、そしてきっと卒業してからも、
ずっと仲良く付き合っていける子がたくさん出来た、
本当に素敵な出会いが詰まっていたクラスだった。





2-7ははじめはJKばっかーと不安で不安で。
でもみんなすごくいい人ばかりだと気付けて、
友達も新しくたくさん出来て、
結局は楽しい毎日だったなあ。

この年はいろんなことを経験した。

まず、茶道部の部長になり。
伝統文化発表会の実行委員長になり。
大忙しで死にそうな一女祭があり。
…申し訳ないけど文化祭は思い出したくなくて
精神的にギリギリなところをクラスの友達に支えられ、
何度も泣きそうになりながら何とか乗り切ったなあ…
その後、図書委員会の委員長になり。
伝統文化発表会をなんとかやりきり、
委員会の初定例をやったあとにインフルで倒れた、と。
だけど茶道部でボランティアに呼ばれて
すごくすごく貴重な経験をさせていただいて
それまで、大変なことは山ほどあったけど
頑張ってよかったって心から思った瞬間があった。


長、なんて立場は自分にらしくないと何度も思いながら
あたしに求められていることを必死に、
出来るだけ全てに対して真面目に取り組んだつもり。

時間的にも精神的にも厳しいときは確かにあったけど
全部全部、自分の経験として活きている。




++




3-8がわたしは大好きです。
誰になんと言われようと、8組でよかったし
心から、このクラスでいられてよかったと思ってる。


2年の夏まではずっと理系一筋で、
それ以外の進路なんて考えていなくて、
でもふとしたことで考え始めてからは
理系と文系と揺れる毎日が2年のときは続いていて。
結局、志望はやっぱり文系だけどクラスは理系、なんていう
よくわからない選択をして3年にあがって、
U先生と出会い、8組と出会った。



大変なことあったよーそりゃ。
主に物理2だけどねwwwうふふwwww←
化学2も授業は楽しいけど難しいしー
国語の授業基本的に少ないしーー
センター後に理系教科しかなくなったときは
どうしようかと考えたりもしたねえ。

だけど自分が数学を武器に受験に臨めたのは
まず間違いなく理系にいたからだし
自分とは進路の違う子ばかりが周りにいる環境っていうのは
心細く感じるときもあったけどすごく参考になった。
やりたいこと、興味あることを持っている子が多くて
みんな志も高くて、とにかく刺激的だった。


8組が好きだった。
誰もが優しくて、楽しくて。
どんなに弱音を吐いても支えてくれるみんながいて。
文系志望のあたしを応援してくれて。

このクラスになれてよかったと思うよ。
文転しなくて良かった、って本当に。
9クラスの中で、あたしは8組が一番のクラスだと思ってる。



なによりも、先生との出会いが大きかったかな。
グサっと言葉が胸に刺さったことは数知れず。
きついことたくさん言われた。ほんとに泣かされた。
だけど、全部自分の糧になったと今なら言い切れる。
担任がうっちーじゃなかったら、
理系クラスで折れずに最後までやれていた自信がない。


友達も先生も、
全てが恵まれていたからこそ受験も乗り切れた。
本当に感謝しています。
みんな、ありがとう。




+++



3年間、無駄なことも含めての一女生活は
本当に楽しくてやっぱり全部無駄じゃなかったよ。


ありがとうありがとうありがとう。

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